僕なりの3.11 ― 2011年06月24日 03時01分
しばらくブログをお休みしていました。
約半年ぶりの更新となります。
昨日は夏風邪をこじらせて会社を早退。すやすやと寝る子どもたちの横で、高熱にうなされながら夢に見たのは、津波とがれきにの飲み込まれる港町の映像でした。これが初めてではありません。僕は今回の大地震から何かが狂いはじめ、いまだに本来の自分を取り戻せないでいる心の弱い人間です。
こんなこと、いつまで続くのでしょうか。あー、情けない。
あらためまして。
この度の東日本大震災により被災されました方々に、心よりお見舞い申し上げます。
あの日、激しい大地の揺れを職場で感じました。すぐにどこか遠くの大地震だと思い、インターネットの地震速報を確認。地震の規模を知り、その日は胸騒ぎがして仕事になりませんでした。
昨日のことのようですが、もう3カ月以上も前なんですね。
チェーンメールや政府の対応に日本中は大騒ぎ。現地に身一つで乗り込む勇敢な人もいれば、人気取りのために炊き出しを行いメディアに売り込む愚か者も。惜しげもなく多額の義援金や物資を送る人もいれば、この期に及んでビジネスチャンスだと舌なめずりする者もいます。
「日本人は秩序のある素晴らしい民族だ」と海外からたたえられながら、ののしり合い、けなし合い。皆さんの目にはどう映ったでしょうか。
そうこうしている間に自粛ムードの波が到来。地元神社の春季祭典は、開催希望の嘆願書を提出するも中止と決定。当時は何もかもが不謹慎だという空気が流れていましたね。今では自粛ムードはどこへやら、今度は節電ですか。単なるブームで終わらないことを願うばかりです。
僕は大震災のことを頭のずっと隅っこの方に追いやり、毎日を笑って過ごしています。仲間とお酒を飲み、くだらない話題で盛り上がっています。原発で作った電気を当たり前のように使って生活をしています。大した義援金や物資も送らず、ボランティア活動にも参加せず、自らの生活に追われ、日々四苦八苦しています。僕は、残酷な人間です。
そんな自分を責め続けて3カ月。初めのうちは罪悪感に押しつぶされそうになり体調を崩す日々でしたが、最近は家族と友人の支えで仕事も生活も何とかこなしています。速度と精度は落ちましたが。
少しずつ、よく考えて、これからも心の整理を続けていきます。
被災された方は今後、どう気持ちの整理をつけるのでしょう。
大好きな家族も、恋人も、友だちも、ペットも、職業も、同僚も、念願のマイホームも、大切にしていた愛車も、趣味の道具も、思い出のアルバムも。
目に見える「幸せの象徴」はみんな流されてしまいました。
皆が必死に追い求めていたものは本当に「幸せ」だったのでしょうか。
地震も津波も、天地自然のみが成せる業。何か大きな意味があったはずです。ではどんな意味でしょうか。もしそれを分かったとしても、被災者の皆さんはそれを納得して受け入れられるでしょうか。
福島原発の事故は僕にとっても切実な問題です。幼い子どもを持つ親としては、正確な情報で子どもや家族を守っていかなければなりません。
「もうその土地は事故前の状態には戻らない」と、復興の希望を持っている人や生まれた故郷へ戻りたいと願っている皆さん、そして僕らが自覚しなければいけないと感じています。
これから町の復興は進んでいくでしょう。しかし、被災者の皆さんの心の奥に突き刺さった苦しみや悲しみは置き去りにされたままです。
やはり自分自身で乗り越えていくしかないのでしょうか。
僕はただひたすらに、目の前にいる人のために、大切に思う人たちのために、全力で生きていくことしかできません。少しのあいだは、そのことに集中していきたいと思います。前を向いて、上を向いて。
「自分の家族すら幸せにできない人間に、他人を助けることなどできない」
いつか同じような事態が僕の身に起きたとき、それを乗り越えられるような自分づくりをしていかなければなりません。
これが地震から3カ月経った今の僕の気持ちです。
どうでもいい「ひとりごと」を長々と書きました。失礼しました。
飯田と福島はどれくらい離れているのでしょうか。
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